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来るべき「コミュニケーション・プロフェッショナルの時代」を担う「企業コミュニケーター」養成ブログ
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2006年05月11日(木)更新
■私の座右の書■(パート2)
「売れない時代に何故売れる」
伊吹 卓
ロウィーは「デザイン」という定量評価しにくい感覚値をクライアントに理解して
もらうために、通常とは逆の方法をとったのだそうです。
よくデザインに関わる仕事をしていて散見される話題に、「自分の好き嫌い
以外に、どうやってデザインを評価してよいかわからない」
という問題があります。
デザイナーが陥りやすいあやまちというのは、
「私のセンスを評価して仕事を任されたんだから、私がこれが良い、という
ものを提案して、それを買ってもらう」というもの。
クライントにしても、何故それが良いのか?悪いのか?を論理的に評価できな
いから「自分の感覚として好きではないのでもっと他のを見せて欲しい」
となってしまいます。
ロウィーの視点は、まず、デザインする商品の最終消費者に向いていました。
「人の好みは百人十色」といいますが、彼が着目したのは、反対に、
「人の好みは分かれるが、嫌う要素はほとんどぶれがない」というものです。
そこで、デザインする商品について、「人が嫌う要素」を徹底的に抽出し、それを
丁寧に取り除いていったのだそうです。
それが確認できていれば、極端な話、後はどんなデザインをしようが、その商
品はまちがいなく「安全に売れる」ということが確定できるのです。
そのことによって、クライアントはロウィーのデザインに「売れる」安心感を持ち、納得
するので、ビジネスに見合う正当な対価を払うことができた、というわけです。
私自身も、学生時代はすくなからず、「デザイナーとは自身の感覚(審美眼)を
磨き、世の中にないトレンドを提示し、新鮮な驚きと感動を与える仕事」という
ようなエゴイスティックな思いを持っていましたが、デザイナーをやめたときに
読んだ本でこのような本質と出会うとは思ってもいませんでした。
伊吹さんは帰国後、自身の商品研究所で、このような感覚値を標準化する手
法を編み出しました。
すなわち、研究員にスーパーマーケットに行かせ、ひとつのジャンルに1点ずつ、
「自分か買いたいと思うもの」と「これは絶対買わない」と言うパッケージを選ば
せるのだそうです。
数人の研究員が買ってきたものを研究所に持ち帰り、「買いたい」ものと「買わ
ない」ものをそれぞれ集めてみてみると、、、「買わない」ものはやはりほとんど
ブレがない、ということと、集合体で見ると「今の時代、人がどんなデザイン要素
やメッセージで物を選ぶか?」が見えてくるのだそうです。
私自身、オンラインコミュニケーションに携わるようになってからまずやったことは
浴びるように、それこそ目眩がしてして気持ち悪くなるまで、色々な企業のサイ
トを見まくることでした。
それによって感覚値を磨き、「何が使いやすいのか?」、「何が伝わるのか?」を
吸収していきました。
現在もスタッフにはできるだけ数を見ること、そして感じたことを自分で記録する
ことをやってもらっています。
イントラにはすでに相当なアーカイブができつつあります。
お客様とは一期一会で、様々な相談を受けますが、あまり主観的にならず、
客観的なアドヴァイスを心がけていますので、上記のようなベンチマーク(トレー
ニング?笑)は私たちにとっては日課でヒンズースクワットをやっているようなも
のです。
伊吹さんは多数の本を出されていますが、いくつかの書籍で上記のような
マーケティング感覚を磨く方法論を紹介しています。
伊吹 卓
ロウィーは「デザイン」という定量評価しにくい感覚値をクライアントに理解して
もらうために、通常とは逆の方法をとったのだそうです。
よくデザインに関わる仕事をしていて散見される話題に、「自分の好き嫌い
以外に、どうやってデザインを評価してよいかわからない」
という問題があります。
デザイナーが陥りやすいあやまちというのは、
「私のセンスを評価して仕事を任されたんだから、私がこれが良い、という
ものを提案して、それを買ってもらう」というもの。
クライントにしても、何故それが良いのか?悪いのか?を論理的に評価できな
いから「自分の感覚として好きではないのでもっと他のを見せて欲しい」
となってしまいます。
ロウィーの視点は、まず、デザインする商品の最終消費者に向いていました。
「人の好みは百人十色」といいますが、彼が着目したのは、反対に、
「人の好みは分かれるが、嫌う要素はほとんどぶれがない」というものです。
そこで、デザインする商品について、「人が嫌う要素」を徹底的に抽出し、それを
丁寧に取り除いていったのだそうです。
それが確認できていれば、極端な話、後はどんなデザインをしようが、その商
品はまちがいなく「安全に売れる」ということが確定できるのです。
そのことによって、クライアントはロウィーのデザインに「売れる」安心感を持ち、納得
するので、ビジネスに見合う正当な対価を払うことができた、というわけです。
私自身も、学生時代はすくなからず、「デザイナーとは自身の感覚(審美眼)を
磨き、世の中にないトレンドを提示し、新鮮な驚きと感動を与える仕事」という
ようなエゴイスティックな思いを持っていましたが、デザイナーをやめたときに
読んだ本でこのような本質と出会うとは思ってもいませんでした。
伊吹さんは帰国後、自身の商品研究所で、このような感覚値を標準化する手
法を編み出しました。
すなわち、研究員にスーパーマーケットに行かせ、ひとつのジャンルに1点ずつ、
「自分か買いたいと思うもの」と「これは絶対買わない」と言うパッケージを選ば
せるのだそうです。
数人の研究員が買ってきたものを研究所に持ち帰り、「買いたい」ものと「買わ
ない」ものをそれぞれ集めてみてみると、、、「買わない」ものはやはりほとんど
ブレがない、ということと、集合体で見ると「今の時代、人がどんなデザイン要素
やメッセージで物を選ぶか?」が見えてくるのだそうです。
私自身、オンラインコミュニケーションに携わるようになってからまずやったことは
浴びるように、それこそ目眩がしてして気持ち悪くなるまで、色々な企業のサイ
トを見まくることでした。
それによって感覚値を磨き、「何が使いやすいのか?」、「何が伝わるのか?」を
吸収していきました。
現在もスタッフにはできるだけ数を見ること、そして感じたことを自分で記録する
ことをやってもらっています。
イントラにはすでに相当なアーカイブができつつあります。
お客様とは一期一会で、様々な相談を受けますが、あまり主観的にならず、
客観的なアドヴァイスを心がけていますので、上記のようなベンチマーク(トレー
ニング?笑)は私たちにとっては日課でヒンズースクワットをやっているようなも
のです。
伊吹さんは多数の本を出されていますが、いくつかの書籍で上記のような
マーケティング感覚を磨く方法論を紹介しています。
2006年05月10日(水)更新
■私の座右の書■(パート1)
■私の座右の書■(パート1)
「売れない時代に何故売れる」
伊吹 卓
15年以上前のマーケティングの本なんてどれほどの価値があるのか?
ほとんどの皆さんがそう思われることと思います。
私がこの本を手に取ったのは、その15年前、ちょうどデザイナーの仕事
から広報コミュニケーションの世界に移ったときでした。
何故興味を持ったかというと、戦前から戦後にかけてヨーロッパおよびア
メリカで活躍したレイモンド・ロウィーという工業デザイナーの話が出てい
たからです。
ロウィーはそれこそ、僕が大学の教科書として読まされたような人で、彼
の著書のタイトルが「口紅から機関車まで」というように、様々なもののデ
ザインをしてきた、創成期の工業デザイナーです。
工業デザインだけでなく、シェル石油のロゴや日本のタバコのピース、米国
のラッキーストライク、あとはお菓子の不二家のロゴもそうです。
彼のすごいところは、そのようなデザインの仕事で、ものすごい報酬(デザ
イン料)をチャージしていた点です。
日本ではまだまだ「企画やデザインのような付加価値は対価として定量
評価しにくいのでサービス(オマケ)」というような認識が払拭し切れてお
らず、いまだにデザイン料や企画料は「どう評価していいか、わからない」
から「高い」、「そんなにお金は払えない」といわれる。
著作権の認識も薄いので、「うちのために作ったんならデータでちょうだい」
といわれることも。
で、何故、ロウィーがそんな高額のチャージができていたか?企業が喜んで
それだけの報酬を彼に払っていたか?というのが伊吹さんの興味で、それを
解明するためにアメリカのロウィーファウンデーションまで飛んで聞きに行っ
ちゃったんですね。(すごい行動力)
それでわかった!ことを本に書いているんです。
これはもう!目からウロコ、でした。そのことは、ロウィー自身も著作や文献
には残していなかったんですね。
僕も美大生でデザインの勉強をしていたときはロウィーの作品については触れ
ていましたが、そんな秘密は学校で教えてもらえませんでした。
でも、ビジネスプロフェッショナルとしてデザインを生業とするものには非常
に大切なエッセンスでした。
(続きは明日)
「売れない時代に何故売れる」
伊吹 卓
15年以上前のマーケティングの本なんてどれほどの価値があるのか?
ほとんどの皆さんがそう思われることと思います。
私がこの本を手に取ったのは、その15年前、ちょうどデザイナーの仕事
から広報コミュニケーションの世界に移ったときでした。
何故興味を持ったかというと、戦前から戦後にかけてヨーロッパおよびア
メリカで活躍したレイモンド・ロウィーという工業デザイナーの話が出てい
たからです。
ロウィーはそれこそ、僕が大学の教科書として読まされたような人で、彼
の著書のタイトルが「口紅から機関車まで」というように、様々なもののデ
ザインをしてきた、創成期の工業デザイナーです。
工業デザインだけでなく、シェル石油のロゴや日本のタバコのピース、米国
のラッキーストライク、あとはお菓子の不二家のロゴもそうです。
彼のすごいところは、そのようなデザインの仕事で、ものすごい報酬(デザ
イン料)をチャージしていた点です。
日本ではまだまだ「企画やデザインのような付加価値は対価として定量
評価しにくいのでサービス(オマケ)」というような認識が払拭し切れてお
らず、いまだにデザイン料や企画料は「どう評価していいか、わからない」
から「高い」、「そんなにお金は払えない」といわれる。
著作権の認識も薄いので、「うちのために作ったんならデータでちょうだい」
といわれることも。
で、何故、ロウィーがそんな高額のチャージができていたか?企業が喜んで
それだけの報酬を彼に払っていたか?というのが伊吹さんの興味で、それを
解明するためにアメリカのロウィーファウンデーションまで飛んで聞きに行っ
ちゃったんですね。(すごい行動力)
それでわかった!ことを本に書いているんです。
これはもう!目からウロコ、でした。そのことは、ロウィー自身も著作や文献
には残していなかったんですね。
僕も美大生でデザインの勉強をしていたときはロウィーの作品については触れ
ていましたが、そんな秘密は学校で教えてもらえませんでした。
でも、ビジネスプロフェッショナルとしてデザインを生業とするものには非常
に大切なエッセンスでした。
(続きは明日)
2006年04月05日(水)更新
「レオン」は読むユンケル
雑誌が好きで、とにかく良く雑誌を買います。
特に「新創刊」といわれると、まずは買って読んでしまう。
そんな私なので、「講談社」様のお仕事ができたときは本当にうれ
しかった!
と、いいつつ「主婦と生活社」の話をするのもなんなのですが、、、。
「レオン」という雑誌があります。
創刊当時、2、3冊買って、「これはうまいなあ」と感心しました。
「チョイワルおやじ」の代名詞で、もはや流行語となっていますよね。
フルカラーの誌面はどんどんブ厚くなっていくけど、780円。
まあ、その実はほとんど記事広告なのですが。
しかし「チョイ悪オヤジはゼンマイ時計好き」とかいっても、150万
からの値段だし、スーツは20万超、靴も10万超。
そこにリアリティを感じる人(買える人)は、レオン読まずにさらっと
伊勢丹メンズに行って買ってますよね。
それはきっとクルマ好きな人が、フェラーリ特集の雑誌読むのと一
緒で、「頑張ればこういう世界もアリ」みたいな自分を奮い立たせ
るための780円、なんでしょうね。
ってことはユンケルと一緒ってことかな。そう、読むユンケル。
ビジネス書読んで鍛錬を積み、基礎体力つけるのも大事ですが、
たまにはユンケルのんでアドレナリンに訴えるような気持ちの転換
もいいですね。
特に「新創刊」といわれると、まずは買って読んでしまう。
そんな私なので、「講談社」様のお仕事ができたときは本当にうれ
しかった!
と、いいつつ「主婦と生活社」の話をするのもなんなのですが、、、。
「レオン」という雑誌があります。
創刊当時、2、3冊買って、「これはうまいなあ」と感心しました。
「チョイワルおやじ」の代名詞で、もはや流行語となっていますよね。
フルカラーの誌面はどんどんブ厚くなっていくけど、780円。
まあ、その実はほとんど記事広告なのですが。
しかし「チョイ悪オヤジはゼンマイ時計好き」とかいっても、150万
からの値段だし、スーツは20万超、靴も10万超。
そこにリアリティを感じる人(買える人)は、レオン読まずにさらっと
伊勢丹メンズに行って買ってますよね。
それはきっとクルマ好きな人が、フェラーリ特集の雑誌読むのと一
緒で、「頑張ればこういう世界もアリ」みたいな自分を奮い立たせ
るための780円、なんでしょうね。
ってことはユンケルと一緒ってことかな。そう、読むユンケル。
ビジネス書読んで鍛錬を積み、基礎体力つけるのも大事ですが、
たまにはユンケルのんでアドレナリンに訴えるような気持ちの転換
もいいですね。
2006年04月03日(月)更新
好きな古本屋4態
今日は新人が2人やってきた記念すべき日ですが、その話はまた後日にして
古本屋さんの話を書きます。
先週金曜日の中目黒はすごかった。
ある会社の仕事の打ち上げだったのだけれど、目黒川に花見に来る人で
まるで正月三が日の明治神宮の参道のようでした。
会が始まるまで20分ちょっと時間があり、普通はカフェで本でも読むところでしたが、
前から気になっていた中古「アート バード・ブックス」を覗いてみました。
http://www.st.rim.or.jp/~artart/
思ったとおりの狭さ、そして大量の洋書(画集、写真集がメイン)。
こういうケオスこそ、創造性を書き立てる重要な要素のひとつだと思いますね。
行かなかったけど、目黒川沿いには「カウブックス」もあります。
http://www.cowbooks.jp/newtop.html
今でも続けているようだけど、元々は恵比寿ガーデンプレイスのそばでトラック
でやっていた移動古本やさんで、中目黒と表参道にお店を出してからは
より「読ませる本」を勧めるようになってきた感じがします。
また、家の近所の成城学園にはキヌタ文庫があります。
ここは場所柄、古く、珍しい美術書が多く、都心部より良心的な価格のような
気がします。
一時は隣の部屋が未整理の本が堆積状態でしたが、きれいさっぱり新装開店
しました。その根性には頭が下がります。
http://www.seijo.or.jp/asp/shop.asp?ass_id=149307&kind=2
最後はやはりとどめ、軽井沢の「りんどう文庫」。
ホームページは無いけど、グーグルで検索するといくつかのログからその
恐ろしい状況が垣間見られるかもしれません。
「見たこともない本」がごろごろ。これも土地柄でしょうか。
アート バードが20倍になった、という感じでしょうか。
神田や高田馬場の古書店もむかしはそうだったけど、ここで挙げた4件の古
本屋のような、オーナーの価値観で再編成された書店こそが文化を継承し、作っ
ていく重要な役割を担っていると思います。
アマゾンでは、本を買うたびに自分向けにチューンアップされた「オススメエン
ジン」が「今度はこんな本が出たよ」と消費をたきつけるし、価値のあるCDを
250円で見つけることが出来るブックオフも良く利用するけれど、上記のような
書店をリスペクトし、共存できる街に住み続けたいですね。
古本屋さんの話を書きます。
先週金曜日の中目黒はすごかった。
ある会社の仕事の打ち上げだったのだけれど、目黒川に花見に来る人で
まるで正月三が日の明治神宮の参道のようでした。
会が始まるまで20分ちょっと時間があり、普通はカフェで本でも読むところでしたが、
前から気になっていた中古「アート バード・ブックス」を覗いてみました。
http://www.st.rim.or.jp/~artart/
思ったとおりの狭さ、そして大量の洋書(画集、写真集がメイン)。
こういうケオスこそ、創造性を書き立てる重要な要素のひとつだと思いますね。
行かなかったけど、目黒川沿いには「カウブックス」もあります。
http://www.cowbooks.jp/newtop.html
今でも続けているようだけど、元々は恵比寿ガーデンプレイスのそばでトラック
でやっていた移動古本やさんで、中目黒と表参道にお店を出してからは
より「読ませる本」を勧めるようになってきた感じがします。
また、家の近所の成城学園にはキヌタ文庫があります。
ここは場所柄、古く、珍しい美術書が多く、都心部より良心的な価格のような
気がします。
一時は隣の部屋が未整理の本が堆積状態でしたが、きれいさっぱり新装開店
しました。その根性には頭が下がります。
http://www.seijo.or.jp/asp/shop.asp?ass_id=149307&kind=2
最後はやはりとどめ、軽井沢の「りんどう文庫」。
ホームページは無いけど、グーグルで検索するといくつかのログからその
恐ろしい状況が垣間見られるかもしれません。
「見たこともない本」がごろごろ。これも土地柄でしょうか。
アート バードが20倍になった、という感じでしょうか。
神田や高田馬場の古書店もむかしはそうだったけど、ここで挙げた4件の古
本屋のような、オーナーの価値観で再編成された書店こそが文化を継承し、作っ
ていく重要な役割を担っていると思います。
アマゾンでは、本を買うたびに自分向けにチューンアップされた「オススメエン
ジン」が「今度はこんな本が出たよ」と消費をたきつけるし、価値のあるCDを
250円で見つけることが出来るブックオフも良く利用するけれど、上記のような
書店をリスペクトし、共存できる街に住み続けたいですね。
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