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2006年11月29日(水)更新

情報処理の行方

ほとんどの情報がインターネット、またはオンライン上にアップされる。

強力な検索機能(およびSEO)とRSS機能により、必要な情報が
フィードされてくる。

そのような傾向は、今後ますます進んでいくだろう。

iPODや家庭のハードディスク付きDVDプレイヤーには、RSSリーダー
が内蔵されるのは時間の問題だ。
好みのアーティストやタイトルを登録しておけば、内容が更新されたり
新譜が発売されると勝手にダウンロードされるようになるだろう。

そんな中、面白い記事を読んだ。(出典ど忘れ。すみません)
いわく、

集まる情報は最適化された自分の興味のある情報。
それは結構だが、集まった情報を見たり読んだり、それだけでおなか
いっぱいになり、やがて思考が均質化してしまうのが怖い。
その反動か、最近新聞をよく読むようになった。

新聞には経済面から社会面、文化面まで、自分が恣意的に探そうと
している以外の情報があふれている。

そして、そういう意図から外れた情報がもたらす刺激が創造性をよび
おこすのだ。

と。

そう考えると、便利になる傾向は良いけど、とても危険な傾向だ。

来るべきソーシャルコンピューティングの時代にこそ、個々の持つ創造
性がものをいう。

大丈夫。
新聞や雑誌はなくならない。(ビジネスモデルは変わるが)
せいぜい教養(無駄な雑学?)を磨こうではないか。

そういえば、アマゾンを使っていても、
「この本(CD)を買った人はこんな本(CD)も買っています」
という推薦機能を見ていると、ほとんどが「さもありなん」だが、ときどき
まtたく見当の違うものを出されると、「何でだろう?」とつい見てしまう。

ひょっとすると、近いうちにそのようなゆらぎ幅まで管理されるのかも。
終わりのない勝負だなあ。。
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